2013年 02月 04日
Abschiedsfeier ~ご近所さん編
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私が住んでいた地区は、比較的日本人が多いところ、と言われていました。
実際渡独当初は、ほんとーーーーーーーーに周囲、日本人のご家庭がたくさん!だったし、また、どこへ行っても娘が最年少であることも多かったのですが、1年、2年・・と時が流れる中で、そういった環境も少しずつ変化。
気がつけば娘、ご近所の日本人の子供たちの中では最年長に。
そして日本人のご家庭の数そのものも、本当に少なくなってしまいました。
最後に一緒だったご近所さんたちは、お子さんが3~5歳くらいの小さい子が中心だったので、普段はなかなかゆっくり会う時間がなったのですが、日本食の共同購入だったり、何か困ったことがあれば、いつでも助け合える関係でもあり、本当に仲良くしていただきました。
そのご近所の皆さんが、最後に送別会を開いてくれました。
娘にとっては、渡独当初から一緒の子もいる、弟妹のような存在の小さなお友達。
娘が小さい頃着ていた服を着てくれてる子がいたり、あー、本当に!時の流れを感じるひとこま!
きょうだいのいない娘が、一生懸命小さい子達の面倒をみようとする姿は3歳の頃からずっと変わらず。
娘、すごい恥ずかしがり屋で人見知りなんですが、自分より小さい子たちにはそれが全くないんですよ。
きっと妹や弟がいたら、いいお姉さんになっていたんだろうなあ・・なんて思うと、可哀想に思うくらい。
この日のちびっこたちも、みんな娘に懐いてくれている子たちなので、娘、とっても嬉しそうでした。
この日のママたち、みんな料理上手なメンバーなので、本当に美味しく美しいお料理が並ぶ並ぶ!
中でも、ホスト役の彼女の料理を「食べると幸せになれる料理!」と言った友達がいたけれど、本当にそうなんだよな~。美味しいだけじゃなく、一番美味しい状態で食べてもらいたい!っていう愛と情熱がこもってるからなんだろうなあ。あー、写真見てたら食べたくなってきた!(笑)
別の友達からの差し入れの貴重な日本のお酒なんかも頂いたりして、すっかり長居。
しかも私、この日、大遅刻しちゃったんですよね・・・最後の最後まで、世話の焼ける私で本当にごめんなさい。
日本からドイツに来る前は、周囲が日本人だらけだと、面倒だったりすることもあるのかなあってちょっと不安に思っていましたが、私の場合、むしろ助けられることばかりでした。
外国で暮らしていると、母国語で心ゆくまで話せる解放感っていうのは、何物にも代えがたいものがあり。
それに、誰かが体調を崩したと聞けば、差し入れをしたり、子供を預かったり。
誰もが実家を頼れない環境だったから、自然とみんなそうしていたわけですが、でも今考えると、なんてありがたいことだったんだろうなあって思う。
この時のメンバーでも、年末にひとくみ、日本へ既に帰国済み。
あれだけ多かったのに、もう2家族だけになっちゃったんだなあ。
こうして日本に帰ってきてからも、当時のご近所メンバーとは、本当にしょっちゅう会っています。
ハンブルクでの、同じ楽しさ、苦労、時間を共有した仲間たちとの関係は、きっと永遠に変わらないと思う。
そう思える出会いがあって、本当に幸せだと思ってます。
実際渡独当初は、ほんとーーーーーーーーに周囲、日本人のご家庭がたくさん!だったし、また、どこへ行っても娘が最年少であることも多かったのですが、1年、2年・・と時が流れる中で、そういった環境も少しずつ変化。
気がつけば娘、ご近所の日本人の子供たちの中では最年長に。
そして日本人のご家庭の数そのものも、本当に少なくなってしまいました。
最後に一緒だったご近所さんたちは、お子さんが3~5歳くらいの小さい子が中心だったので、普段はなかなかゆっくり会う時間がなったのですが、日本食の共同購入だったり、何か困ったことがあれば、いつでも助け合える関係でもあり、本当に仲良くしていただきました。
そのご近所の皆さんが、最後に送別会を開いてくれました。
娘にとっては、渡独当初から一緒の子もいる、弟妹のような存在の小さなお友達。
娘が小さい頃着ていた服を着てくれてる子がいたり、あー、本当に!時の流れを感じるひとこま!
きょうだいのいない娘が、一生懸命小さい子達の面倒をみようとする姿は3歳の頃からずっと変わらず。
娘、すごい恥ずかしがり屋で人見知りなんですが、自分より小さい子たちにはそれが全くないんですよ。
きっと妹や弟がいたら、いいお姉さんになっていたんだろうなあ・・なんて思うと、可哀想に思うくらい。
この日のちびっこたちも、みんな娘に懐いてくれている子たちなので、娘、とっても嬉しそうでした。
この日のママたち、みんな料理上手なメンバーなので、本当に美味しく美しいお料理が並ぶ並ぶ!
中でも、ホスト役の彼女の料理を「食べると幸せになれる料理!」と言った友達がいたけれど、本当にそうなんだよな~。美味しいだけじゃなく、一番美味しい状態で食べてもらいたい!っていう愛と情熱がこもってるからなんだろうなあ。あー、写真見てたら食べたくなってきた!(笑)
別の友達からの差し入れの貴重な日本のお酒なんかも頂いたりして、すっかり長居。
しかも私、この日、大遅刻しちゃったんですよね・・・最後の最後まで、世話の焼ける私で本当にごめんなさい。
日本からドイツに来る前は、周囲が日本人だらけだと、面倒だったりすることもあるのかなあってちょっと不安に思っていましたが、私の場合、むしろ助けられることばかりでした。
外国で暮らしていると、母国語で心ゆくまで話せる解放感っていうのは、何物にも代えがたいものがあり。
それに、誰かが体調を崩したと聞けば、差し入れをしたり、子供を預かったり。
誰もが実家を頼れない環境だったから、自然とみんなそうしていたわけですが、でも今考えると、なんてありがたいことだったんだろうなあって思う。
この時のメンバーでも、年末にひとくみ、日本へ既に帰国済み。
あれだけ多かったのに、もう2家族だけになっちゃったんだなあ。
こうして日本に帰ってきてからも、当時のご近所メンバーとは、本当にしょっちゅう会っています。
ハンブルクでの、同じ楽しさ、苦労、時間を共有した仲間たちとの関係は、きっと永遠に変わらないと思う。
そう思える出会いがあって、本当に幸せだと思ってます。
by stammtisch
| 2013-02-04 09:34
| うれしいきもち